院長の、野球肘・野球肩治療への思い
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01
野球に夢中だった子ども時代
私は小学校3年生の時に、地元の少年野球部に入部しました。入部してからは野球の面白さに夢中になり、プロ野球中継を見たり、毎日グラウンドで白球を追いかけていました。
中学時代も決して強いチームとは言えませんでしたが、創部以来のチーム最高成績を収めました。高校では学校の事情でどうしても野球部に入部することはできませんでしたが、時間があるときには友達と練習したり、試合に出たりしていました。大学では軟式野球の全国大会にも出場し、今でも時間があるときには草野球に行って、楽しくプレーしています。
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02
痛みで、野球を楽しめなかった
私自身も中学で野球肘を経験し、辛い思いをしました。
- 「あれだけ楽しかった野球が、痛みで心の底から楽しめない」
- 「上手い人の投げ方を見よう見まねで試しても感覚が合わず、余計に痛くなる」
- 「整骨院に行っても電気をあてるだけ。プレーするとまた痛くなる、の繰り返し」
高校で野球部に入れなかったこともあり、「将来は野球と関わる仕事がしたい」と思い、選手と一緒にケガからの復帰を目指す理学療法士になろうと決めました。
今でも忘れられないのは、大学4年生の秋です。病院実習で一旦休部し、実習が落ち着いて練習を再開した頃、日が経つにつれて肩が痛くなり、塁間も投げられなくなっていきました。何が原因かわからず、自分でいろいろ試しても余計に痛みが出て、症状はどんどん悪化。もう投げること自体が嫌になってしまい、その後は卒業論文や国家試験で忙しくなって、野球から離れたまま大学を卒業しました。
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03
「え、こんなに腕が振れるの?」
社会人になり、野球肩・野球肘専門のドクターがいる整形外科病院に入職しました。そこで、プロ野球球団にトレーナーとして帯同した経験のある上司に「投げ方を見てやるから、ちょっとシャドーしてみろ」と言われました。
「その投げ方じゃダメだな。体の使い方をこうしろ」と言われ、10分ほど練習してみると――
「え、こんなに腕が振れるの? しかも全然痛くない」
自分でもびっくりして、何度も確かめるようにシャドーを繰り返しました。あれだけ自分ではどうすることもできなかった肩の痛みが気にならず、それどころか、今まで感じたことのない腕の振りができて本当に驚きました。
それ以来、その上司の指導方法を教えていただいたり、勉強会にたくさん参加したりして、投球障害を学んできました。学生時代に何気なくしていた「投げる」ということは本当に奥が深く、誰でも正しいプロセスを踏めば上達できると確信しています。
患者様へ
自分自身、「学生時代にこの投げ方、体の使い方、ケアの仕方、トレーニングの仕方を知っていれば、もっと上手くなれたのに!」と感じています。
しかし世の中では、まだまだ投げることは子どもたち任せです。少しうまくなったと思ったらケガをして思うようにプレーできなかったり、将来につながる大きなケガで辛い思いをして、野球をやめてしまう子どもたちも少なくありません。
当院では、今まで培ってきた経験をもとに、ケガからの復帰はもちろん、効率的な体の使い方を身につけていただき、ケガをしない野球人生を歩んでいただけるようサポートしていきます。
院長 上垣 智貴








